mood.

好きなものを好きなように

KAT-TUNを一生好きでいると思っていた、性懲りもなく今もそう思っている。

タイトルがすべてです。

twitterで「10ksから7年が経ったんだって~」という話題が盛り上がっていて、あの時のことをぼんやり思い出し、そして数年ぶりに今回KAT-TUNのツアーに参加して自分の感情の置き場がやっとわかってきたので、その話を。

 

 

いや~まずは「あれからもう7年も経つんかい」ですよ・・・月日の流れって怖い。

でも7年経った今だから、やっと輪郭がつかめてきた感情がある。私は赤西仁が脱退した2010年の夏から2016年の10ksまで、ずっとずっと、自分を許せなかった。何をしてもやっぱり、私にとっては6人がすべてだったから。5人が、4人が、3人がどれだけかっこよくても、あの時の6人ほど私の世界をきらめかせてくれるアイドルはいなかった。それを後ろめたく思いながらKAT-TUNを応援することが、じわじわと自分の首を絞めていたんだと思う。今これを書きながら、やっぱり苦しくて涙が出そうになるほど、私は6人が大好きで、彼らが私のすべてだった。そして6人が好きなことを後ろめたく思うことは、自分自身を後ろめたく思うことと同じだった。

10ksの2日目、亀梨くんが6人全員の名前を口にして「この6人でKAT-TUNは結成されました」と話した瞬間、それまで押し込めてきた何もかもが雪崩のようにあふれてしまったのを今でも鮮明に思い出せる。あの時の感情は今でもうまく言葉にできない。自分がどれだけKAT-TUNを好きだったか、そしてその熱量と同じだけ傷ついていたことに気づいてしまった。6人のことを過去の思い出にはできないかもしれないと、そう思って、慌ててその気持ちに蓋をした。そしてその感情の重みに耐えられなくなって、数年後、一度KAT-TUNを降りた。

 

あれから色んなことがあって、なんだかんだありつつ今日も私はKAT-TUNを追いかけている。そしてあの時亀梨くんが言っていた「やめた3人にも、これまでの歩みを感謝したい」という言葉をなんとなく咀嚼し始めているところだ。

 

先日久しぶりにKAT-TUNのライブに行った。横アリ、センステ横でかなり近い距離で3人を見ることができた。ライブ中、何度も涙が出た。やっぱりKAT-TUNが好きで好きで仕方なくて、100%その「好き」だけで涙が出たのは6人時代以来初めてかもしれなかった。

 

赤西仁が脱退して今年で13年になる。

あのまま6人が今もKAT-TUNだったら、私はKAT-TUNを好きなままでいただろうか。10代の頃は6人のKAT-TUNを一生好きでいると思っていたけど、私ももういい大人で、感情は永遠に続かないことを知っている。6人でいるから、逆に未練なくKAT-TUNを降りていた可能性だってある。全然あると思う。ごめん、10代の私。

今日こうやってKAT-TUNのファンでいるのは、あの未練ややるせなさがあったからなのかもしれない。6人を好きでいながら、それでも「こんなことでファンをやめてたまるか」と思い続けていたのは事実だから。

でも今KAT-TUNを好きだと思うその気持ちに、今までの意地みたいな感情はひとつもなくて、もう本当に本当に、3人がKAT-TUNとしてステージに立ってくれているその事実が嬉しくてうれしくて仕方ない。今まで起こった何もかも、それはそれでよかったんだと、やっと、やっと、私は心から思えている。

 

 

いつかKAT-TUNは終わっていくのだ。3人は生きている、ひとりの人間だから。

年齢のことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもいつか、その日が来る。きっとそうなったら、私はまた、みっともなく泣いて立ち直れないほど落ち込むんだろう。でも私は、ずっとずっとKAT-TUNを見て、彼らのくれる永遠を信じて生きてきた。それはきっとこれからも変わらない。何があったとしても私は、性懲りもなく、馬鹿みたいに、KAT-TUNを一生好きでいるのだと思う。